インタビュー

株式会社清水植物園  取締役会長 坂井森林組合 副組合長理事 清水洋助さん(76歳)

1939年生まれ。福井県池田町出身。福井農林高校卒業。林業を営む家に生まれる。28歳で独立後、坂井市三国町へ移住。植木、果樹・野菜栽培、グランドゴルフ場など幅広く事業を展開。

木を育て、お金を稼ぐ喜び。 「植物を増やすプロ」として活躍。

周囲を山に囲まれた、福井県池田町で生まれ育ちました。幼いころから山に親しみ、山菜採りや栗拾いなども遊びの一つでした。家は代々山の仕事をしており、父親も林業家。杉の挿し木の仕事をしていたので、子どもの時からよく手伝っていました。 そのころから、植物を育てる喜びや、育てることでお金を稼ぐ楽しさを感じていたのでしょう。28歳で独立し、最初はイチゴ狩りの農園を作りました。その後、8000平米ほどの土地を購入し、苗木を育てたり、植木、果樹・野菜栽培をしたりして、事業を大きくしていきました。街路樹も数多く手がけました。皆さんが地域で目にしている街路樹には、私が植えたものがたくさんありますよ。 また、造園組合の設立や、職業訓練校で植木の指導を行うなど、「植物を増やすプロ」としてさまざまな活動を行いました。13年ほど前には、三国町崎の山にグランドゴルフ場を整備しました。敷地面積11万平米、72ホールという大きなゴルフ場です。少しずつ整備しながら、広げていきました。

早生樹栽培のノウハウを生かして プロジェクトに協力。

木を植えて、育て、増やす仕事を長年してきましたが、利益を求めるだけでなく世の中のためになることもしたいと考え、20数年前に坂井森林組合に加わりました。その関係で、西川参事やマルツ電波の土谷社長、ホテル美松の前田社長からこのプロジェクトの話を聞いて、「これはいいことだ。面白そう」と感じ、協力することにしました。 今から10年ほど前に仲間たちと「山遊びの会」を結成しました。山で遊びながら山を整備する会です。山菜を増やしたり、タケノコ栽培をしたり、いろいろな活動を行いました。やがて緑化技術で特許を取得するなど本格的な活動になりましたが、活動に区切りがついたので昨年解散しました。そのため、次は何をやろうかと考えて、ポプラやヤナギの試験栽培を自分で始めました。500~600本を植えています。国の施策として木質バイオマスエネルギーが注目されていることを知り、燃料となる木の植林が課題になると聞いたので、一足早くやってみようと思ったのです。どうせ山や植物で遊ぶなら、世の中のためになる方がいいですから。それで、このプロジェクトが採択される前から取り組んでいました。 私は以前から、ポプラ栽培に関するノウハウを持っていました。今から50年ほど前、製紙会社に務めていた高校の同級生からポプラの育苗を依頼され、栽培した経験があったのです。製紙原料となるパルプを得るために、早く育つ樹木が必要というのが依頼理由でした。こうした経験をもとにポプラ栽培を始め、いいタイミングでプロジェクトが採択され、協力するに至りました。 現在、プロジェクトの一貫として、弊社敷地内でヤナギやポプラなどの早生樹を試験栽培しています。当初はヤナギだけでしたが、自分の経験からポプラ栽培も提案しました。さらに早く育つ樹木として、私はユリノキに着目しています。ポプラやヤナギよりも早く大きく育つんですよ。2~3年だけではなく20~30年先のことを考えて、長い時間をかけて試験することが大切だと思っています。

福井は植樹に適した地域。 栽培のことならお任せを。

福井県は南北、どちらの植物も育つ植生があるため、日本で一番豊かな自然環境だと思います。植生に向いている土地と言えるでしょう。植物は、時間と手間をかけて育てれば裏切りません。適切に育ってくれます。だからこそ、積極的にチャレンジしていく方がいい。開拓精神が大事です。 「地元のためにやる」というポリシーも重要です。坂井森林組合には、その精神がある。だからこそ、応援していきたいと思っています。また、自然は観光資源にもなり得ます。植林し、数十年が過ぎ、忘れたころに地域資源となるということも多々あります。木と接していると、先々のことを考えることが大切だと改めて感じます。 植物を栽培することが、私の仕事です。その先は、森林組合や諸先生方にお任せします。燃焼効率の研究やシステムづくりなどは、プロジェクトに頑張っていただきたい。でも、栽培ならまかせてください。植物を育てるプロとして、プロジェクトをサポートしていきます。

インタビュー一覧へ